白内障手術の適正な点数は? by B

昨日の、全盛時のマイク・タイソンになぞらえたスーパー難症例ですが、何とかIOLを嚢内に挿入し終了しました。

症例は、

  • 内皮700〜800
  • phacodonesis(+)→眼圧40mmHg以上のミニ緑内障発作をここ1カ月で繰り返すようになった
  • PE(+)→散瞳径4mm
  • ユリーフ内服中(前立腺肥大薬の中でも最もIFIS率が高い薬剤)
  • 核硬度grade4

でした。難しそうな事象を空想で並べているわけではなく、本当に重なった症例でした・・・。

私は普段、PEがあって散瞳が悪い症例は、八重氏虹彩剪刀で、虹彩全周を少しずつ切開して瞳孔を拡げますが、今回に関しては、IFIS封じの為、虹彩切開せずに、マルイジンリングで瞳孔拡張しました。CCCは、チン小帯脆弱のせいで、困難を極めましたが、前嚢染色(トリパンブルー)の助けも借りて、なんとか小さいのを完成させました。(後ほど八重氏剪刀で切れ込みを入れ、ダブルCCCを行いましたが、それでもかなり小さめです・・)

phacoも難渋しましたが、何とか完遂し、IOLを嚢内に挿入しました。もともとの内皮障害、及び手術侵襲で角膜が浮腫ってしまい、非常に見にくくなってきたため、創近傍の皮質は無理せず少し取り残しました。

本日の所見は、角膜がだいぶ浮腫ってましたが、内皮細胞が耐えてくれれば、何とかなるかなといった印象です。勿論、患者さまには状況によってはDSEAK等が必要になるお話を術前にしております。

今回もマルイジンリングの挿入・摘出に苦労しましたが、このような症例では、この武器があって良かったと思いました!

ところで、本日の午後診、患者さんがあまり来られず暇だったので、2チャンネルを見ておりました。前にA先生も書かれてましたが、眼科白内障手術点数に関しては、皆さん手厳しいですねぇ。特に眼科手術開業医を目の敵にしている集団がおられますね。

曰く、

  1. 「楽して儲けすぎ」
  2. 「視力1.0でも勧める」
  3. 「嫌がる患者さんに勧めている」
  4. 「簡単な症例ばかりやってるんだから、点数は下げるべきだ」

などなど言いたい放題でございます。

まあ、間違っていると思っていても見過ごしているのが大人の対応なのでしょうが、反論をしないとそれが世論として認定されてしまう恐れがあります。


我が日本国は言論の自由が保障され、民主主義が行きとどいた非常に住みよい国ではございますが、逆に言いますと、ヒステリックに声の大きな集団の意見が、たとえ少数意見であってもまかり通ってしまいます。私が思うに、サヨク・リベラル的な意見者は少数派で、大多数は保守的思想の持ち主です。ただ、左寄りの人の声が大きく、表に出てきやすい為、何となくそういう流れになってしまったのです。死刑制度撤廃など、国民投票を行えば圧倒的多数で却下でしょうが、リベラル勢力の大声で、俎上に挙げられているだけです。


極端な一例をあげますと、数年前の大晦日、妻の実家に行きますと、夜、除夜の鐘がなっておりません。その前年まで鳴っていたにも関わらずであります。理由を聞くと、超神経質な人がおられて、「除夜の鐘がうるさくて眠れない!!」と強力な抗議をして、その結果として、その年、その地区のお寺は除夜の鐘を鳴らさなかったのです。実話でございます。

という訳で、このような意見をお持ちの方々に、当事者(眼科手術開業医)として反論させて頂きまする。


まず、日本人には、「開業医=軽症を診る施設」「病院=重症を診る施設」という思想が強く刷り込まれております。これがそもそもの誤解の発端でございます。

これは、大学教授がヒエラルヒーのトップに君臨していた白い巨塔時代の名残りでしょうか。開業医と勤務医を殊更分けて考えたがるマスコミをはじめとする日本人の思考回路は、団塊ジュニア世代の私には、正直あまり理解できません。ある一定の年齢以上の世代の方がそういう思いが強いのかも知れません。

この(誤った)思想に凝り固まった方々にとっては、開業医が病院でやることと同じような事をやると、腹が立つという意味不明の感情が湧き出てくるのでしょう。

あと、開業して手術をされない先生方が見落としておられる点は、「開業医が手術をして上手く行かなければ、全責任が自分に降りかかってくる」という至極当然の理屈です。

視力が矯正0.1の方と視力1.0の方に対する術者ストレスがどちらが高いかは、手術をされた事のある先生なら全員「視力1.0の手術の方がストレスだ」と答えるのではないでしょうか。視力1.0でも明らかに水晶体混濁があり、白内障が原因でQOLの低下を来たしていた患者様が来院され、「不自由で仕方がない、治してください」と言われれば、当然手術します。治してくださいとまで言われなくても、こちらは眼科医師として「白内障が原因なので、手術をしないと治りません。メガネで気にならないなら様子見でよいですが、どうしても不自由なら手術しましょう」くらいの説明はします。それで、リスクを説明し、患者さんが納得された上で白内障手術をすることに対し、手術をされない先生からトヤカク言われたくないですねぇ。

そもそも、視力の数字だけで、目の状態を推し量るのは時代遅れでございます。1.0の視力が出ていても、2重3重に見えている人はたくさんおられます。波面センサーを見るとよくわかります。

また、手術を嫌がっている人を無理に受けさせることは不可能です・・。もし、そういう事をして、悪い評判になれば、開業医にとっては致命的になります。設備投資をしても、手術患者さんが集まらなければ、莫大な借金だけが残されます。従って、眼科手術開業クリニックの方が、接遇や患者説明など、よりきめ細かくせねばなりません。すなわち、A先生も仰られてましたが「競争の原理」が働いております。

「簡単な症例・・」に対する反論ですが、このブログのはじめに書きましたような明らかな難症例などは、むしろ少数派でございます。難症例は、どこに隠れているかわからないので厄介なのです。簡単な症例と考えていて手術を始めても、ギンギンに緊張されてたり、隠れIFISだったり、チン小帯が外れていたり・・的な事は良くあることです。逆に、少しでも難しそうだと感じれば他院に送るようなスタンスで手術開業をしていると、おそらく設備投資に見合った診療報酬を白内障手術で得るには困難であると考えます。



さて、白内障手術の適正価格ですが、一体幾らぐらいなのでしょうか?その為には、世界の白内障手術の値段を知るべきであろうと考えます。

不思議の国アメリカは、医療体制の不備が祟って医療費が高騰し、「こんな大金払えるかいっ!!!」と感じた患者さんが他国で医療を受けるという、メディカルツーリズムが盛んに行われております。

アメリカ人的には自国の営利病院は「料金が高く、質が低い」と感じているようです。ただ、前提条件として、英語圏が好まれます。特にインドが大人気だそうで、2004年には何と150万人がインドにメディカルツーリズムで行かれたそうです。現在、全世界の医療費3兆ドルのうち、150分の1にあたる200億ドルがメディカルツーリズムによるものだそうで、利にさといアメリカでは、「医療が受け得な国を探せ!!」と医療費比較が盛んに行われております。

面白い論文の要約があったので紹介します。

40)Mattoo, Aaditya, Rathindran, Randeep. Does health insurance impede trade in health care services? The World Bank Policy Research Working Paper Series 3677, 2005.
 医療サービスの国際取引が少ないために、価格のバラツキが大きい。15種類の緊急性の少ない治療でも、米国人の10分の1が海外に渡航すれば、14億ドルの経費節減が期待できる。
 海外での治療の促進には、外国での治療に保険が効くことが必要。
 欧州では、待機時間の長い患者がフランスで股関節置換の手術を認める判決があり、欧州内でのメディカルツーリズムが進んでいる。

・2002年から03年に、タイに126000人、シンガポールに20400人、マレーシアに75000人、インドに62000人、ヨルダンに70000人、キューバに3500人が医療目的の渡航をしている。
渡航の理由は、待機期間の長さと本国での料金の高さ。
・イギリスでは、待機期間の長い整形外科、眼科疾患の患者にフランス、スペイン、ドイツでの医療を認めることで対処している。
アメリカの退職者がメキシコや日本で滞在しており、海外での医療カバーが必要。
・途上国の医療の上位水準は、先進国の医療水準を上回っている。
・米国の医師853187人(2004年)の4分の1は外国の医学校の卒業者。国籍の上位は、インド、フィリピン、キューバパキスタン、韓国、エジプト、中国、ドイツ、シリア。
・米国の医学部の教員の約20%は外国人で2000年には16200人になる。
・2003年には、新規RN資格の取得者の14%が外国の看護学校卒業者。フィリピン人が最も多い。

(米国と海外との価格比較)
米国は、メディケアの費用で算出。
・米国入院費用=施設費用+医師費用+麻酔費用
・米国外来費用=施設費用+医師費用+麻酔費用+自己負担
・海外診療費用=185カ国124団体の価格の最低3カ国の平均値+米国からの飛行機代
・海外の比較諸国:バルバドス(カリブ海の国)、ベルギー、ブラジル、チリ、コスタリカ、ドミニカ、エジプト、フランス、ドイツ、ハンガリー、インド、ジャマイカ、ヨルダン、メキシコ、ペルー、フィリピン、ポーランドシンガポール、タイ、トリニダードトバコ、UK。

・価格比較(単位 ドル)
手術名       米国入院 米国外来  海外
膝関節手術      10355  4142   1236
肩関節形成術     5940   7931   2204
TURP         4127   3303   2385
卵管結索       5663   3442   1248
ヘルニア手術     4753   3450   1608
皮膚の切採術     6240   1696   812
成人の扁摘      3398   1931   1010
子宮全摘       5783   5420 1869
痔の手術 4945 2081 781
鼻形成手術 5050 3417 1906
白内障摘出術 3595 2325 1133
静脈瘤手術 7065 2373 1393
緑内障手術 3882 2292 1017
鼓膜形成術 4993 3347 1261


medical tourism要約  Aより引用


アメリカはべらぼうに高いですが、アメリカから見た海外平均(185カ国124団体の価格の最低3カ国の平均値+米国からの飛行機代)で1133ドル。飛行機代込みとは言え、バルバドスやドミニカやトリニダートトバコなども含めての平均ですよ。世界第2位(もうすぐ3位)の経済大国である日本の12100点が如何に愛らしい点数か、如実にわかります。

そもそも、メガネ自体が数万円します。白内障手術が眼内レンズ代、設備投資代、技術料、ナース人件費込みで1例12万円というのは決して高くはありません。