眼科手術における感染対策について その弐 by B

今から約1カ月程前に、当院感染対策コンサルタントに勝手に任命したS先生が来てくれました。

S先生は、小生の大学の同級生とは言え、学生時代、常に低空飛行でぐうたらな生活を送っていたBとは対照的に、非常に優秀で、学業成績は常にトップクラスでございましたね〜。

眼科手術における感染症対策として、一番重要なのが言うまでもなく「洗浄・消毒・滅菌」でございます。そして、現在、特に硝子体手術を施行している施設では「プリオン対策」も無視できない状況になってきているとのことです。

1 洗浄・滅菌・消毒

≪洗浄≫
まず、当院では、使用後の手術器具を蛋白除去剤につけておりますが、蛋白除去剤は「蛋白を落としやすくする」というお薬であり、つけただけで全てが落ちているわけではないとのこと。特に管腔状のものは、蛋白のフイルムの下に細菌が封じ込められていた場合、その後、滅菌作業をしても、バッチリと細菌達は残っているとのこと・・・。要するに、洗浄が不十分だと、滅菌しても効果が得られないと言うことですね。

可能なら、蛋白除去剤に漬けた後、中性洗剤で洗浄、その後、流水で水を吸って柔らかくなったMQAスポンジなどでこすりつつ洗い流すべし・・とのことでございました。

当院は、稲村セッシなど、スワールという洗浄器機を使って汚れを落としてから滅菌しておりましたが、S先生はスワールのことを酷評しておられました・・。あの緩やかな水流だけではヒンジ部分などに残った汚れは取りきれないとのことでございます。キャビテーション効果で汚れを落とす超音波洗浄機がベターとのことでした。


≪滅菌≫
滅菌方法には、高圧蒸気滅菌法(オートクレーブ)、酸化エチレンガス法(EOG滅菌)、過酸化水素ガスプラズマ法の3種に大別されますが、高圧蒸気滅菌が一番信頼性が高いとの事。ただ、耐熱性器具ではないと施行出来ないため、非耐熱性のものはEOG滅菌かプラズマ滅菌を選択する事になります。

高圧蒸気滅菌法にも落とし穴があり、完全にチャンバー内の空気を抜いてから蒸気を送り込む「プレバキューム方式」で滅菌をしないと、管腔状の器具では、水蒸気が内部に入り込めず、滅菌効果がほとんど見込めないこともあり得るとのこと!!

眼科手術で使用する管腔状器具は、ハイドロ針、チップ類、IA及びUSハンドピース、バックフラッシュニードルなどが思い浮かびます。白内障手術に関しては、かなり管腔状器具の占めるウェートが大きいですね・・。

因みに、我々眼科手術医を震撼させた「銀座眼科LASIK術後感染事件」ですが、銀座眼科が滅菌を行わずに器機を使いまわしていたわけではなく、高速オートクレーブにて滅菌作業は行っていたのですが、プレバキューム方式がついていない滅菌器だったため、結果的には滅菌していないのと同じ状況になっていたとのことです。

そして何と!Bが何も心配せずに使用していたオートクレーブが、同じタイプでございました!勿論、闇で購入したわけではなく、医療用滅菌器として普通に販売されているものですから、使って悪いわけではないのですが、現実にあのような事件が起こってしまうと、プレバキューム方式のついていない滅菌器では、何かが起こった際に許してもらえない雰囲気になりそうです。と言う訳で、プレバキューム式高圧蒸気滅菌器を早急に購入致しました!!

EOG滅菌とプラズマ滅菌の相違ですが、対応機器の多さは、EOG>プラズマ。簡便さはEOG<プラズマとなります。当院では、EOG滅菌がフル稼働しておりますが、一回の滅菌に半日(10時間以上)かかるのがネックです。またプリオン対策には対応しておりません。一方のプラズマ滅菌は30〜40分で滅菌出来、かつプリオンに対応しているのは大きなメリットでございます。現状では最新式のEOG滅菌器を購入後、それほど日が経っているわけではなく、まだまだリース代金も支払っている最中ですので、買い換えは考えておりませんが、今度購入する時はプラズマ滅菌器ということになりそうですね。

≪消毒≫
ここはどちらかというと外来診療向けなので、簡単に。

レーザーを打つ際に使用する接眼レンズは、粘膜(結膜)に接しますので、分類上は「セミクリティカル器具」ということになり、中水準消毒が必要です。

中水準消毒に相当する消毒薬は、次亜塩素酸ナトリウム(ミルトンなど乳児用の消毒薬で有名ですね)・ポピドンヨード・エタノールが挙げられます。レンズの接眼部は、次亜塩素酸ナトリウムが一番良いそうで、エタノールは曇りの原因となるとのこと。一方、検者側のレンズは、コーティング剥がれの原因になるので、濡らさない方が良いとの事。

今までアルコール消毒一本やりだったのですが、影響されやすいBは、早速、0.05%次亜塩素酸ナトリウムを購入致しました。安かったです。

2 プリオン対策

まず、医療関係者はプリオン病についてご存知かと思いますが、簡単に。

プリオン病とは、ヒトや動物の脳など中枢神経に海綿状変性を来たす疾患で、潜伏期間は10年以上と長いのですが、発症すると急速に進行して死に至る病となります。クロイトフェルツ・ヤコブ病(CJD)が有名です。

元々は、カニバリズム(共食い)がもたらす疾患であり、パプアニューギニアの奥地などでは、現在でも死者の肉を食べる習慣が残っており、この病気が散見されるようです。私の好きな三国志でも、劉備玄徳がとある村に滞在した際、村人が劉備をもてなすにも、貧しいため適当な食材がなく、自分の母を殺して、その肉を晩餐に供したという話がございました。現在の感覚では、全く狂気の沙汰としか思えないわけですが、その時代は「美談」とされていたわけですね。

そう言えば狂牛病も、牛自体は草食動物であり、共食いの習慣はないはずですが、牛を殺して作成した肉骨粉という家畜用飼料を食べさせることによって、結果的に共食い状態を作り出したことになります。いやはや、人間は何と罪作りな生物なのでしょう・・。

弧発性のCJDは100万人に1人に発症という、至極稀な疾患ですが、ここで問題になるのは医原性CJD(iatrogenic :iCJD)です。乾燥硬膜の移植で起こった医原性CJDは、かなり騒がれましたので記憶に新しいところでございます。要するに問題は中枢神経組織に接触した器具を介する伝播であり、眼科手術もその範疇に入ってしまうわけです。

厚生労働省が2008年にプリオン病感染予防ガイドラインを発表し、ハイリスクとされる眼科手術は以下の通りでございます。
(1)眼窩手術
・眼窩内容除去術
・眼球内容除去術
・眼球摘出術(角膜移植の為のドナー眼球摘出を含む)
・義眼台充填術
・眼窩内異物、及び腫瘍摘出術の際、術中操作により手術器具が視神経に接触した場合

(2)網膜硝子体手術
・黄斑下手術
・硝子体茎顕微鏡下離断術
・増殖性硝子体網膜症手術
・網膜復位術
・その他、網膜硝子体手術によって術中操作により手術器具が網膜に接触した場合

眼窩手術は、特殊ですが、強膜バックリングを含む、網膜硝子体手術全般が厚労省によってハイリスク認定されております。

S先生は、平成22年の改正で、網膜硝子体手術の点数が跳ね上がった一番大きな理由は、プリオン対策上、手術器具のsingle useを促進するためではないかと見ているそうです。しかしながら、ライトガイドやレーザープローブもディスポでやるならば、本当に医師やナースの人件費を削ってやる手術ですね・・・。白内障手術に関してもそうですが、感染対策などの時代の変化に、最早現状の国民皆保険制度では賄いきれないところまできております。矛盾だらけも良い所ですね。また稿を改めて書いてみたいと思います。

ボヤいていても仕方がありませんので、現状で出来る対策といたしましては、
・耐熱性の手術器具に関してはプレバキューム式のオートクレーブ(プリオンサイクル)134℃ 18分
・非耐熱性は可能ならプラズマ滅菌
・single use devices(SUD)は単回使用が望ましい・・

ということになります。

3 白内障術後眼内炎について

この話題は学会などでも毎回と言っても良いくらいにシンポジウムなどが催されているので、眼科手術に携わる人間なら、詳しくご存知の事と思います。

S先生の研究によるリスクファクターは以下の通りです。
・加齢→腸球菌、α溶血性連鎖球菌
・男性→MS-CNS(メチシリン感受性)
・鼻涙管閉塞→グラム陰性桿菌
・眼科通院歴及び他科手術歴→MR-CNS(メチシリン耐性)
ステロイド内服→MR-CNS(メチシリン耐性)

特にS先生が注目しておられるのが、「鼻涙管閉塞」の方で、ご自身の研究では白内障手術患者さんの3%が詰まっているとのこと。そう言えば、昔、私が手術を教わり始めた頃、白内障術前にルーティンで、睫毛切除と涙管通水テストを行ってましたね・・。S先生の対策としては、術前検査で鼻涙管閉塞を確認した患者さんは術直前にも涙道洗浄を行うべきとのことでした。

ステロイド内服患者さんはMR-CNS保菌率が30%もあるそうです。恐いですね・・。また、MR-CNSなどは、病院他科に入院中の患者様などが保菌しており、その方が眼科受診をされた際に、医療スタッフを通じて他の患者さんに伝播する可能性も指摘されております。我々眼科医も、診察を一人するごとにエタノールをたっぷりと手指に振りかけて、消毒した方がよいですね。総合病院などでは、保菌者が多数おられる可能性がありますので、特に注意が必要ですね。

その他、滅菌に関して、「滅菌器を盲目的に信頼してはいけない。滅菌した日時をノートに記録を残しておき(ログを残す)、出来れば週に1回は、生物学的インジケーターを使って、しっかり滅菌出来ているかを確認が必要。万が一、滅菌が出来ていないという結果が出た場合は、それまでの分、全てを再び滅菌し直さなければならない。」とのことです。

そんなこんなで、非常に勉強になりました!!たまにこのように脅かして(?)もらうと非常に身が引き締まりますね!!

というわけでナース達と相談し、当院が現状で即座に出来る対策として、

・プレバキューム方式(プリオンサイクルも付加している)オートクレーブの購入
・超音波洗浄機の購入
・手術日に高速オートクレーブをかけて滅菌する頻度を下げるために(急いでやると有機物残存確率が高まる為)、手術器具セットの2セット分買い足し
・洗浄→滅菌手順の見直し

を施行致しました。長くなりましたが以上でございます。