痴呆老人家族の悩み by A

最近、平均寿命の伸びとともに、障害を持って生きる人の数もどんどん増えてきています。特に、老人性痴呆の介護は家族にとってとてもつらいものです。

平成12年に介護保険が発足していらい、要介護の痴呆老人は老人保健施設老健)やグループホームを利用できますが、痴呆以外にたとえば腎透析が必要とか、半身不随で寝たきりとかになると、介護施設では受け付けてもらえず、かといって、一般の急性期病院では長期入院ができないので、行き先に困り、家族ともども右往左往することになってしまいます。

男性の痴呆患者の場合、徘徊だけではなく、暴力行為に及ぶこともあります。家の中のものをひっくり返したりとか、尿をしまわしたりとか、日常茶飯事に起こるそうで、実際の介護を経験してみないことには想像すらできない世界が待って居そうです。

眼科医である私が何故こんなことを書いているかといえば、男性痴呆患者の視力障害例を診察したからです。この患者さんは、昨年秋ごろから見えにくくなったようだとの家族の訴えで来院しました。痴呆とともにDM合併症があり、近くの病院で透析治療を受けておられます。眼科的には右眼は視力0、左眼は矯正0.3ですが、視野が中央にかろうじて残っている程度の狭窄となっています。

DMに続発する緑内障による視神経障害です。眼圧はフルメディケーションにて左右とも25mmHg程度でした。

これはいかんということで、「とにかく、もっと眼圧を下げなければなりませんので、左眼は手術が必要でしょう」と説明したところ、「手術は止めてください」とのことでした。

理由を伺うと、実は、昨年に視力が低下するまで、家庭内暴力がひどく、独居中であったにもかかわらず、あらゆるヘルパー(訪問型介護職員)に逃げられたとのことです。しかたなく、今回付き添ってこられたお姉さん(もちろん、十分におばあさんです)が時々訪問しておられました。

ところが、昨年暮ごろより、視力が極端に低下するとともに、まず徘徊がなくなり、介護職員と衝突することも減りました。視力障害により、痴呆が進み、無気力状態になったのかもしれませんが、家族にとっては、ずいぶんとやりやすくなったそうです。

ということで、目の前の高眼圧を放置するという、眼科医として忸怩たる選択を余儀なくされました。

「とにかく命を助けないと!」「とにかく視力を守らないと!」という一面的な解釈が通用しなくなっています。難しい問題だと思います。