眼内レンズの度数計算について byH

A,B先生のご好意で、ブログに投稿できる機会に恵まれ、感謝しております。

小生の興味は眼内レンズの度数計算
今小生が一番興味を持っているのは眼内レンズの度数計算です。IOLマスターTM (Carl Zeiss Meditec社、ドイツ)が日本に導入されて10年、LENSTAR LS 900® (HAAG-STREIT社,スイス) が導入されて3年になります。IOLマスターTM が発売されたのが2002年5月で、同年7月には診療所に導入しており、同年10月の日本臨床眼科学会ではinstruction course でA先生の好意で話しをさせていただいています。IOLマスターTMのすばらしさを知ってほしいと当時熱く思っていました。IOLマスターTM に関しては、IOLマスターTMV5.4の計測結果を基に計算式を評価した結果をIOL&R誌に掲載予定です1)。LENSTAR LS 900®に関しては、2012年度日本白内障屈折矯正手術学会、2013年度日本眼科手術学会で発表しており臨床眼科誌に掲載予定です2)。10年経過すると器機の進化で、同じことを検討しても違った結果が出てくると考えており、10年たてば以前の結論を見直すというのが小生のスタンスなのですが、今回は眼内レンズ計算に関してその時期になったという感じです。眼内レンズの度数計算に関して、論文ではなくブログへの投稿という形で書くことができるのは有り難いことだと思っています。

IOLマスターTM 導入に関して

2002年にIOLマスターTM 導入前、導入後の術後屈折値誤差をグラフ化したものを示しますが、導入前術後屈折値誤差±0.5D が70%だったのが、導入後術後屈折値誤差±0.5D が90%になりました


(2002年10月の臨床眼科学会で使ったスライドです)。
すごいことです。測定器械1台導入するだけでこれだけサービスが向上するのですから驚くほかありません。当時欧米で2000台導入されていたと聞いていましたので、日本でもすぐに広まると考えていました。しかしながら、IOLマスターTM の日本への導入は遅々として進まず、加速度的に広まりだしたのは、2007年多焦点眼内レンズが日本に導入された前後と記憶しております。多焦点眼内レンズが術後屈折値誤差を嫌うから、術後屈折値誤差を少なくする目的で、IOLマスターTM の導入が加速したのかもしれません。2007年週間文春の恵原真知子さんに多焦点眼内レンズにつき取材されたとき、IOLマスターTM の導入の重要性を強調したためか、多焦点眼内レンズの記事にIOLマスターTMの画像が載りました。2002年の時点で持っている情報を論文として固定して議論の対象にすれば、IOLマスターTMの日本での普及に少しは貢献できたのではないかと思っています。それもあってLENSTAR LS 900®に関しては積極的に情報共有していく予定です。

測定精度と測定率
見直してみると、導入初期の成績はbeginners' luck で良すぎるようですが、IOLマスターTMがとれる症例が90%程度と、現状の95%にくらべると5%程度測定できる症例数が少なかったのも、精度が良い理由かもしれません。平均加算で初めて計測できる計測が難しい症例は、当時測定不能としていたわけですから、計測できる症例の計測精度が高かったのかもしれません。現状、計れる症例の割合が多いことを強調するメーカーがありますが、そこで何が犠牲になっているのか、実証検討していかなければならないと考えます。IOLマスターTMでは測定方法上の問題からか前房深度が3.3mm以下になるとLENSTAR LS 900®の測定値との差が大きくなります3)。LENSTAR LS 900® では0.02mm 精度が維持できます。IOL master で前房深度3.3mm以下では 前房深度が計測できないと切り捨てれば、前房深度を計算に導入している計算式では術後屈折値誤差は少なくなります。しかしながら、測定率は大幅に下がります。測定精度は、術後屈折値目標を決定する要素の一つですから、利用者の見える形であってほしいと考えています。測定精度が高ければ,安全域は狭くても良いし,測定精度が低ければ安全域を広く取らなければなりません.

HIC SOAP(Holladay IOL constant Surgical Outcome Assesment Program)
術後屈折値誤差への興味が継続できたのはHIC SOAPを使っていたのが一つの理由だと考えています。ボタン一つで至適化した定数を再計算してくれます。限られた眼軸長での術後屈折値誤差の平均も簡単に出せます。たとえば AMO Tecnis ZA9003を眼軸長23.5mmの患者さんに挿入する場合、至適化した定数で計算した後、さらに 眼軸長 23-24mm の患者さんの術後屈折値誤差の平均を引いてやると、計算上一番術後屈折値誤差の少ないIOL度数が得られるということです。

術後屈折値誤差±0.5Dが85%であっても、眼軸長での調整をしますから、実際の術後屈折値誤差±0.5Dは85%を超えています。特定の種類のIOLを使い出すと、情報が蓄積され、蓄積された情報の利用価値が高まるので、なかなか他のIOLに移行することができなくなります。AMO Tecnis ZA9003は2006年4月から6年半使い続けました。2012年10月からAMO Tecnis ZCB00に変更しましたが、これはESCRSでHoffman が MAE (Mean Absolute Error) 0.2D という、とてつもなく小さな術後屈折値誤差をこのIOLで出していたからです。スリーピースのAMO Tecnis ZA9003で、MAE 0.31D程度に甘んじていた小生にとっては、必然的な選択変更でしたが、今まで蓄積した情報からの離脱ですから、それなりのリスクを抱えての選択変更になりました。2012年10月から使っているAMO Tecnis ZCB00のA-constant は製造社推奨値で 199.40 ですが 当方の診療所でHIC SOAPで最適化した値は 199.9 で製造社推奨値を用いると +0.5D遠視寄りのできあがりになっています。もともとAMO Tecnis ZA9003でも製造社推奨値との差が0.5D程度有り、この差分は想定していたので、想定外の大きな誤差は経験しなくてすみましたが、導入初期はびくびくものでした。

HIC SOAPの問題点
HIC SOAPはとても良くできたSoft でユーザーのニーズに寄り添うため頻回にバージョンアップされ、ユーザーとしてはとても感謝しています。2012年臨床からリタイアされたDr.Holladay に感謝です。日本でもIOLマスターTM とバンドルして販売される予定があるようで(すでにそうなっているかもしれませんが)HIC SOAPのユーザーが増えることは歓迎すべきことと考えています。ただ問題点もあります。これは10年にわたって Version 1.0のときから利用しているユーザーとして指摘しておかなければならないことと考えています。一つは HolladayII計算式がブラックボックスで詳細が公開されていないことです。前房深度、水晶体厚のデータをどの程度どのような形で取り入れて計算しているのかがわからないのです。もう一つは評価の高いHaigis が含まれていないことです。Haigisの定数の至適化をボタン一つで施行するのは無理なのでしょうが、PC画面とは別に印字したHaigisの計算値をみながらIOL度数を決めていくのは手間であることは確かです。

眼内レンズ度数計算
ところで、眼内レンズ度数計算というのはどのようなことなのでしょうか。Hoffer、HolladayI、SRK/T などは眼軸長と角膜曲率で術後の眼内レンズの位置を予測し、眼内レンズの度数を決定します。IOLマスターTM 導入で精度が上がったのは この眼軸長の部分の測定精度が超音波による測定の0.1mm から 0.02mm に向上したからです。0.1mm の眼軸長の誤差は0.3Dの屈折誤差につながります。術後屈折値誤差±0.5Dが65%から85%に上がったわけです。角膜曲率計測も、値がそのまま術後屈折値誤差に反映されるので、術前に複数回計測し0.25D以上の差があるようであればさらに計測を繰り返すような慎重さが必要です。眼軸長と角膜曲率以外の要素はどうなのか。術前前房深度、水晶体厚、white to white、角膜厚、瞳孔径、角膜後面曲率、年齢、性別、人種などの要素が検討対象となります。術前前房深度を例に取ると、これは術後前房深度に直接関係しそうです。しかしながら、術前前房深度は年齢と共に毎年0.01mm浅くなるとされています。ですから、術前前房深度を術後前房深度の予測に使うには、年齢を加味するか、水晶体厚を加味するかということになります。 また、第3世代の計算式の眼軸長、角膜曲率から術後前房深度を予測するという考え方を一部入れて計算するのか、眼軸長、角膜曲率を術後前房深度の予測に入れないで計算するのか選択しなければなりません。 前房深度の測定誤差の問題があります。 IOLマスターTM はv.5.4になって前房深度測定が正確になっていますが、前房深度測定方法の問題で3.3mm 以下の場合誤差が大きくなるようです3)。また、超音波で前房深度を測定すれば、測定誤差は0.1mmになります。術前、術後の前房深度を正確に計測できれば、より正確な計算式の評価も可能になります。以前角膜厚、水晶体厚と前房深度を、レーザー干渉を用いて0.02mm精度で測定できるAC MasterがZeiss 社から2006年頃発売されましたが、日本には数台しか導入されませんでした。

LENSTAR LS 900®

2009年にLENSTAR LS 900®が日本に入ってきました。 今のところあまり普及していないようです。 レーザ光干渉(OLCR:Optical Low-Coherence Reflectometry)で術前、術後前房深度、水晶体厚が計測可能です。2年購入を我慢しましたが2011年8月に入手しました。2011年のSanDiegoのASCRSで Dr.HillがIOL Masterは10年前の機械と論じ、 LENSTAR LS 900®に全面的に移行したと感じたのです。LENSTAR LS 900®を導入して気になったのは、眼軸長と角膜曲率だけで眼内レンズ度数を計算するSRK/T式と前房深度、水晶体厚、white to white などの情報も取り込んで計算しているHolladayIIとの間に統計学的な有意差が認められなかったことです。

IOLマスターTMでは、前房深度の計測精度と水晶体厚を超音波測定に頼らなければならないので、測定精度の問題で、SRK/TとHolladayII、Haigis の間に統計学的な差が出ないと考えていました。

前房深度、水晶体厚の測定精度が向上したにもかかわらずHolladayIIとSRK/Tとで術後屈折値誤差に統計学的な有意差が認められなかったときには、 HolladayII計算式への信頼が揺らぎました。考えればわかることなのですが、HolladayIIは超音波計測、IOLマスターTMによる計測値から作られた計算式です。前世代の計測値でできた計算式に、次世代の計測器のデータを載せても、結果が出ないのは試行するまえから予測がつきそうな話です。IOLマスターTM、AC Masterに深く関わっているHaigisのHaigis計算式とSRK/T、HolladayIIの間には統計学的な有意差が出ます。第4世代のOlsen計算式とSRK/T、HolladayIIの間には統計学的な有意差が出ます。

HIC SOAPを使うのは意味があります。ただ、HolladayII計算式を積極的に使うかどうかは懐疑的というところです。HolladayIIはSRK/Tと同等ですから悪い計算式ではありませんし、高度近視、高度遠視での高い評価はかわりません。

Phacooptics(Dr.Thomas Olsenが開発した眼内レンズ度数計算のためのソフトウェア)

2011年のSan DiegoのASCRSでDr.Olsen にお会いし、Olsen formula を勧められました。このときはまだ Dr.Hollady fleekだったので、Dr.HolladyとHaigisを追いかけていれば計算式に関しては大きく間違いないと思い込んでいましたので、Dr.Olsenについて知りませんでした。LENSTAR LS 900®の導入で、HolladyIIへの信頼が揺らぎましたが、10年近くHolladayII、Haigis、SRK/Tの3計算式を併用し、3計算式の計算結果の間に最大0.75D以上の差が生じた場合、HolladayIIあるいはHaigisの値を使うことにしていましたので1)、HolladyIIの代わりになるものが必要になります。そこで選択したのがPhacoopticsです。角膜曲率(角膜の前面、後面の曲率の実測値を入力することも可能)、眼軸長、角膜厚、前房深度、水晶体厚、white to white、年齢、性別が入力できますし、また、術後前房深度の予測値を、角膜曲率、眼軸長をはずして計算することもできます。
今のところ全く至適化せずに使っていますが、バラツキはHolladayII、SRK/T、Haigis と比較するとHaigisの次に少ない2)です。2012年のESCRSでHoffman がMAE(Mean Absolute Error: 術後屈折値誤差絶対値の平均) 0.20Dという数字をAMO Tecnis ZCB00でだしていましたが、Phacoopticsを調整してMAE 0.20Dに近づきたいと考えています.

まとめ
眼内レンズの度数計算は直接患者さんの幸せにつながるので、最大限の努力をして取り組みたいと考えています。 現状で入手可能な検査器機、計算式は、患者さんの期待に応えることができるレベルに来ているのではないかと考えており、独自に測定器機を開発したいともおもいませんし、独自の計算式を組み立てたいとも思いません。患者さんの幸せは、 結果―期待値で患者さんの術前の期待値をコントロールすることが大事なことには変わりませんが、患者さんの幸せのため最大限に器機の能力、ソフトウェアの能力を引き出したいと考えており、また、入手した情報はできる限り共有したいと考えています。

参考文献
1) H:IOLマスターを用いた計算の元となる値の数が異なる眼内レンズ度数計算式の精度比較. IOL & RS誌,2013 (in press)
2) H:LENSTARを用いた眼内レンズ度数計算式の精度比較.臨床眼科, 2013(in press)
3) Holzer MP, Mamusa M, Auffarth GU: Accuracy of a new partial coherence interferometry analyzer for biometric measurements. Br J Ophthalmol 93:807-810, 2009